kanrisha

勤めていた会社が倒産。すぐに転職した結果

30歳、女性です。
私は、以前、リーマンショックによって勤めていた会社が倒産し、転職活動していました。

ハローワークに行ったり、転職ガイダンスに行ったりしましたが、求人サイトを見てあるイベント会社に就職しました。
アーティストのコンサートの設営~撤去までを担う会社で私は事務職として応募しました。

もともとライブなどに興味があったので、応募することにし、見事採用されました。
まず、入ってすぐに求人情報とのギャップを感じました。

求人情報にやっぱりウソが・・・

まず、駅チカとあったのに、駅に近いのは本社であり実際の勤務地は工業地帯の支店で、駅から徒歩20分・・・。
しかも工業地帯ゆえ会社の近くにコンビニや飲食店がなく、お昼は仕出し弁当を自分で頼むか、パンやカップラーメンの自販機で買うという状況でした。

自販機にいたっては、スポット派遣の人も買うので昼ごはんは奪い合いでした。
面接時に特に支店への配属という話はありませんでした。(求人記事にも記載はなかった)

面接時に、社長と専務がいたのですが、ふたりとも雰囲気のよいひとで、帰りにお茶をくれたりと特におかしいと感じることはありませんでした。

その会社には3年と少しいたのですが、1年目から徐々にブラック感が出てきました。

まず、社内で作図のソフトを導入することになり、「誰が覚えるのか?」という話になった時に、1番暇だった事務員の私がソフトをマスターすることに。(社内は年配の人が多く、機会操作が苦手な人が多かった)

もともと、作図はやっていたので、特に苦もなく、テキストを見ながらほぼひとりでマスターしました。
社内に作図ができるのが私しかいなかったため、その頃から徐々に残業が増えていきました。

残業せざるをえない環境にうんざり

残業も仕事があるので残業しているというよりは、会社独特の帰りにくい雰囲気というか、私が帰ったら作図ソフトがわかる人がいなくなって困るという理由だけで、毎日22頃(定時は18時)まで残業という日々が続きました。

しかも、残業代が一律10,000円というわけのわからないシステムでした・・・。
しかも、月に1回社内でミーティングがあるのですが、その日が土日だったりすると、休みなのに、書記をするたけだけに出勤させられたりしていました。(周りがめんどうだという理由だけでです)

パワハラのせいで離職率がすごいことに

社内もとにかく人の入れ替えが激しく、私が入ったあとに入社した人はほぼ全員辞めました。
主な理由は、パワハラが多かったように思います。

本人たちはそんなつもりはないのかもしれませんが、体育会系なのか、未経験の新人をとにかく怒鳴りつける、女性アルバイトにシモネタを言うなどし、バックレの多い職場でした。

当の本人たちは「自分たちもそうだったから」とか言っていましたが、一体いつの感覚の話をしているのか・・・。
とにかく入ってもすぐやめてしまうため、人手不足に常にあえいでいました。

ある男の子が入社したときのことです。

その子はイベント会社に憧れがあり、わざわざ地方から引っ越してきました。引越し先などのアドバイスも上司が行い、面倒見たそうです。

私は、会社の状況を知っていたので、「わざわざ地方から出てくるなんでバカだなあ、続くかどうかわからないのに・・・。」とか思いっていたら、案の定、先輩の洗礼にあい、3ヶ月ほどで「自分の考えが甘かったようです」と退職していきました。

「続けたいやつはいればいいし、辞めたいやつは辞めればいい」というスタンスがさすがにやばいと思ったのか、会社で新人を育てようということで、研修を開いたりしていましたが、正直、もう遅いのでは?と感じながらも働いていました。

そんな中、私は激務がたたって、肝臓を壊し入院。
そのまま退職することになりました。

職を失う不安から退職できずにいる方は多いと思いますが、少しでも「おかしい」と思いったら退職すべきだと思います。

私も、「2年位で辞めればよかったし時間のムダだった・・・。」と後悔しています。
求人を探すときは、記事をうのみにするのではなく、書いてあることももう1度面接時に確認すべきだと思いました。

「こんなこと聞いたら、採用されないのでは?」と不安になり、スルーしがちですが、入ってから気づいても遅いのです。

頑張って公務員になれたのに残業の嵐だった

私は現在50歳の女性です。
今から紹介する体験談は、私が29歳の時のことです。

私は、市役所に勤務していました。
当時、私は入社5年目でした。

私は、外国人登録という仕事をしていました。
外国人登録の仕事は、私が当初思い描いていた仕事内容と、実際の仕事内容が大きくかけ離れていました。

私が思い描いていたのは、外国人の方と、英語でコミュニケーションをとれる仕事でした。
でも、実際にその仕事をしてみると仕事の内容は、毎日パソコンに張り付いて、ひたすらデータ入力をする仕事でした。

その上、こなさなければならない仕事量は、山のようにあり、毎日夜10時頃まで残業をする日々が続きました。
しかも、仕事は1人で担当することになっており、誰かと共同で作業することはできませんでした。

それで、私は毎日寒い時も暑い時も、エアコンの切れた事務所に一人残って、残業する日々が続いたのです。

それに加えて、さらに直属の私の上司である当時の係長は、私の仕事に全く理解を示してくれませんでした。
いつも係長は、私が一人残業しているのを横目で見ながら、「先に帰るぞ」と言い残して、帰ってしまっていました。

全く手伝ってくれない上司

私はそんな係長に対して、 いつも不満を抱いていました。
「少しぐらい私の仕事を手伝ってくれてもいいのに」 いつもそう思っていたのです。
その不満は、私の中で、日々大きくなっていきました。

その係長は、仕事を手伝ってくれないだけでなく、私の仕事を全く理解していませんでした。
時々、私は係長から呼び出され、「この仕事は、何を意味するのか?」と尋ねられることがありましたが、 私が一生懸命説明しても、その意味すらも理解することがなかったのです。

「あんたの言う意味が分からんのよ」 私は、係長によく言われていました。

その言葉を聞くたび、私は気分が落ち込み、「どうせ理解してもらえないのなら、自分の仕事を係長に説明する時間に、やらなければならない入力作業をこなして早く帰りたい」そう思うようになりました。

それに加えて、当時の課長からは、「毎日残業していると、体調を壊すといけないから、残業せずにできるだけ帰りなさい」 と言われていました。

残業するなといわれてもせざるをえない状況に

私は、いつもそれに対して心の中で、「私だって、好きで残業しているわけではない。できれば早く帰りたい。残業するなと言うのなら、この仕事量を減らすか、誰かと二人で作業できるように仕事の分担を変えてほしい」と思っていました。

仕事量の多さと、上司の理解のなさから私はしだいに体調を崩すようになり、本気で仕事を辞めたいと強く思うようになったのです。
そのことについて、私はもちろん係長に、何回か相談し自分の辛さを訴えたりもしました。

ところが、 係長からは信じられない言葉が返ってきました。

私は、今の仕事量は多くどうしても残業しないと仕事がどんどん溜まっていてしまうこと、仕事を2人で分担してできるようにしてほしいことを係長に訴えたところ、係長は「同僚に、私の口から仕事を手伝って欲しいと直接頼んでみてくれ」と言ったのです。

私は、その言葉に反論はしませんでしたが、唖然となってしまいました。
心の中で、「それこそが係長の仕事ではないの? 他の仕事もあり、忙しそうにしている同僚に私の口から頼めない」そう思っていました。

結局、係長にいくら相談しても埒が明かないと思った私は、課長に仕事量の多さと事務分担について考えてほしいと訴えることにしました。

すると、課長は「係内の事務分担については、係長の仕事だから今すぐにどうこう出来ないが、来年異動願いを出せば、君を移動の部署に触らせてあげることはできる」と言ってくれました。

それで、私はその部署を1年で異動になり、問題は解決しました。

私は当時、親や同僚の友達にも相談はしましたが、解決には繋がりませんでした。
今は、その仕事はやめたので、仕事のストレスは全く感じなくなりました。

これから転職を考えている方に、私から言えることは、仕事の問題については、一人で悩んでも解決しないので、ダメかもしれないと思っても上司に相談してみることが、1番の解決法につながるということです。